【レポートup!】第41回「農作業の負担低減!和歌山大学のパワーアシストスーツ」
公開日 2012年05月01日
日時: 平成24年4月18日(水)19:00~20:30
会場: 岸和田市立浪切ホール4F交流ホール (※研修室1から変更しています。)
話題提供者: 八木 栄一 (システム工学部教授/産学連携?研究支援センター長)
わが国の食料自給率向上のため、農業支援の必要性が高まっています。特に、大型の農業機械が入りにくい山間部での高齢の従事者に役立つ支援機器の開発が望まれています。
和歌山大学で開発する「パワーアシストスーツ」は、装着するだけで簡単にパワーアシストできる「着るロボット」です。
ブドウなど果実の摘果?摘花?収穫作業など、長時間腕を上げ続ける上向き作業や、傾斜地栽培地での歩行を補助します。
また、10~30kgの重量物(例えば米袋やミカンなどの果物?ジャガイモ等の収穫コンテナ)を持ち上げ運搬する作業を補助するタイプも開発しています。
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【レポート】 (当日のお話のダイジェストは写真の下に掲載しています)
お話のなかで、八木先生は「実際に使用者が便利だと思って使ってもらえる実用的なものを作りたい」と幾度も強調されました。「地域の産業の役に立ちたい」といった先生の熱い思いが伝わってくるサロンでした。
今回はいつもよりも広い会場を使用して、共同研究者の佐藤先生にも来ていただき、パワーアシストスーツの実演を行いました。下の写真は、話題提供の後で会場からの質問に答える八木先生、アシストスーツを装着してデモンストレーションをされる佐藤先生です。
参加者からは技術にかかわる専門的な質問がたくさん出されましたが、八木先生に一つ一つ丁寧にお答えいただきました。
この日は、東京から取材に来られた方、また大阪市内や尼崎市など、遠方からの参加者も目立ちました。今後ますます、アシストスーツに農業関係者?団体や産業界の注目が集まるのではないでしょうか。
八木先生のお話のなかで、各大学?研究機関で開発が進められているパワーアシストスーツの事例がいくつか紹介されました。それぞれのアシストスーツにはメリットとデメリットがあるようですが、まだ改良の余地があるとはいえ、現時点でトータルで見ると、和歌山大学のアシストスーツは「追われる立場」にあるとのことです。
今回のお話を聞いてたいへん興味深かったことは、新しい技術や新しい製品が社会に受け入れられていくプロセスについてです。
研究開発から製品化までは一足飛びにはいきません。八木先生たちのような研究者?技術者による実証実験と改良の繰り返しが基本です。とても時間と労力のかかる地道な作業です。次に、実用化した初期段階には、少し高くても買ってくれる投資家的な購買者が必要になるのでしょう。さらに、量産化して安価にするためには一定規模の消費者の存在が不可欠になってきます。また、新製品が普及するためには、保険制度や安全基準などの社会制度の整備も必要です。そう考えると、各種エンジニアのほか、マーケッター、プロモーター、法律家、保険制度等の専門家、行政担当者など様々な分野、立場の人たちとの連携が大事になってくるのですね。“新技術と経済社会” “新技術の実用化”といった問題を考える機会にもなりました。
はたして、和歌山大学のパワーアシストスーツの実用化は、3年先か、5年先か? アシストスーツの実用化が農作業に携わる人たちの負担を低減させ、高齢化する日本農業を支える役割を果たす日が来ることを期待しています!
【ダイジェスト】
■はじめに
私は、長年民間企業で、産業用ロボットなどに関する研究開発を続けてきました。産業用ロボットは、工場内で生産効率を上げるために、人間と隔離されて高速に働いています。7年前に和歌山大学へ来てからは、もう少し先の将来を見据えて、人間と協調共存して働くロボットの研究開発をしています。具体的には、地域に役立ち農作業を支援するための装着型のロボットであるパワーアシストスーツの研究をしています。
■農作業用パワーアシストスーツの開発の背景
日本の農業は少子高齢化が急速に進んでいます。2005年の農業就業人口のうち60歳以上は220万人以上で全体の約7割です。後継者不足のため農家全体の戸数は減っています。また食料自給率の向上が叫ばれる今日、農業の高齢化を踏まえた農業支援機器の開発が必要となっています。
北海道のような広大な土地での農業支援機器の主流は、コンバインなどの大型機械です。しかし、和歌山県など山間部の多い土地ではそうはいきません。また、果実の収穫作業などを機械によってすべて自動化することは難しいです。そこで、腕をあげ続けて行う果実の収穫作業や収穫物の入った重たいコンテナを運搬する人間の作業の負担軽減をしようと考えて、アシストスーツの開発を進めてきました。
■軽くて、安全なアシストスーツが目標
アシストスーツは農作業の負担を1/2から1/3に低減することを目標としています。20キロのコンテナを持ち上げる負担をロボットによって10キロに低減します。なぜ20キロ全部ではないのかというと、重たい物を持ち上げるためにはパワーのある大きなモータが必要となり、アシストスーツが重くなってしまうからです。身につけるスーツはできるだけ軽くしないとなりません。
また、コンテナの重さを感じないほどアシストスーツが力を出すことは安全面から問題があると考えています。モータの出力は装着者が出せる範囲内に制限しています。もし誤ってコンピュータが人間の動作と逆方向に動いたときには、人間がそれを逆回転できることが必要だからです。
将来的には、より大きな力を出せるアシストスーツもありえますが、これから世の中にアシストスーツが受け入れられていくためには、軽さと安全性を考慮したあまり力の出過ぎないものからスタートするのが良いと思っています。農作業支援ロボットは介護支援ロボットよりも安全化技術の点でクリアしやすく、当面は農作業支援ロボットを開発しています。将来的には、工場作業、介護支援、歩行支援などの分野にも広げていけると思います。
■和歌山大学のアシストスーツの特徴
現在、軽作業用と重作業用の2タイプのアシストスーツを開発中です。軽作業用スーツは、ぶどうの収穫などのように上向きでの作業を続けるときに、腕が疲れないように両腕を保持するようになっています。傾斜地の歩行のアシストもできるようになっています。重作業用スーツは、収穫物の入ったコンテナなどの重量物を持ち上げて運搬するときに腰への負担を軽減するために腰椎をアシストするようになっています。
装着型のアシストスーツで必要なことは、人間の次の動作を推定してアシストに必要な力を算出することです。従来の筋電位信号の技術を使う場合、筋肉の表面に電極を貼り付けるわずらわしさがあり、農作業用としては受け入れられないと思います。私たちは筋電位信号を使わずに、装着者の肩や股関節の角度などを計測することによって、力学的にアシストに必要な力を算出する技術を採用しています。
アシストスーツの膝下部分はフリーに動けるようにしてあり、コケそうになったときに自分の足でふんばれるようになっています。また農作業では脚立を使うこともあるため、足元をフリーにしておくほうがよいと思います。
アシストスーツを動かすのに必要なデータのやり取りは無線で行います。農作業を考えると有線のスーツは使いづらいからです。現在は起動時にパソコンを使用していますが、今後はスマートフォンでできるようにしようと思っています。
■実用化、製品の普及にむけた課題
新しい製品は、人々が安心して購入して使用できる環境があってはじめて普及し、大量に売れるようになります。ですから、社会制度を完備していくことも大切です。自動車の場合、保険が完備されているので安心して使えます。農業機械にはJA共済があって、事故が起こったときには保険がおります。パワーアシストスーツもJA共済の対象にしてもらって普及しようと考えています。共済の対象にしてもらえるように働きかけもしていきたいです。
アシストスーツの開発にあたっては、和歌山県工業技術センターやJAグループ和歌山にご協力をいただいています。昨年度から現場で農家の方にアシストスーツを付けて作業をしていただく実証試験を始めました。今年度は、実際に長時間アシストスーツを使ってもらい、問題点を見つけていきたいと考えています。実証試験を通して問題点を明らかにすることで、実際に使ってもらえるものに近づけていくことができるのです。今後、低コスト化、軽量化、コンパクト化などの課題を克服して、少しでも早く実用化できるよう研究を進めていきたいと考えています。